大阪高等裁判所 昭和32年(ネ)402号 判決 1962年12月04日
控訴人・附帯被控訴人(原告) 大同繊維工業株式会社
被控訴人・附帯控訴人(被告) 大阪福島税務署長
主文
一、原判決中控訴人敗訴の部分(ただし中間更正決定に関する敗訴部分をのぞく)を取り消す。
二、被控訴人が、昭和二六年六月二〇日附で、控訴人に対してなした控訴人の昭和二四年度(昭和二三年一〇月一日から昭和二四年九月三〇日まで)における普通所得を金二、六〇六、六八四円とした更正決定中金二、五九五、〇八二円までの部分を取り消す。
三、本件附帯控訴を棄却する。
四、附帯控訴費用は、附帯控訴人(被控訴人)の負担とし、その余の訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文第一、二項同旨ならびに「訴訟費用は被控訴人の負担とする」との判決、および附帯控訴に対し主文第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決、および附帯控訴として、「原判決中附帯控訴人(以下被控訴人と呼称する)敗訴の部分を取り消す。附帯被控訴人(以下控訴人と呼称する)の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は次に記載するもののほか原判決事実摘示と同一である(ただし、原判決五枚目表九行目から一〇行目にかけ「車輌運搬具金二五、〇〇〇円相当」とある部分の次に「什器一二五、〇〇〇円」の記載を挿入し、同八枚目裏六行目と同四枚目裏四行目から五行目にかけて「検乙第一号証の一乃至六二」とあるを「検乙第一号証の一、二、同第一号証の三の一ないし五一、同第一号証の四ないし一一」と訂正する)から、ここにこれを引用する。
(控訴人の主張)
一、三和銀行福島支店における浪速織物工場大洞栄治名義の当座預金が大洞栄治個人の預金であつて、控訴人の預金でないことは(イ)その預金口座が控訴会社設立前たる昭和一九年からはじまつていること、(ロ)被控訴人主張の期末残高四六六、六八二円を組成する主要な預金、昭和二四年四月二日三〇、〇〇〇円、同月一五日七〇、〇〇〇円、同年八月五日一五〇、〇〇〇円は浪速織物福井工場からの送金、同年九月一七日一二二、二八七円は浪速織物工場の取引先日興物産株式会社大阪支店からの受入の羽二重代金、同年九月二七日の九九、〇〇〇円は同赤塚商店大阪支店から受入の人絹代金であること、(ハ)預金の出入が頻繁なのは、当時大洞等中小企業者は金融切抜のため互に手形を交換して銀行で割引を受けていたためで、商取引の金員ではないこと、(ニ)右手形の交換は懇意な取引先と行つたものであること、(ホ)控訴会社は右三和銀行福島支店にこの預金口座とは別に取引があつたこと、からも明かである。
二、増資金額二、二〇〇、〇〇〇円についていうと、前年度たる昭和二三年度の決算は被控訴人によつて承認されているのであり、昭和二四年度の始期たる昭和二三年一〇月一日から昭和二四年三月の増資までの短期間に、二、二〇〇、〇〇〇円という巨額の所得が生ずるはずがない。
控訴会社は、大洞栄治、川上末男、稲坂理一の三人が主体となつて作つていた会社で、大洞が全株式の八分の五、川上、稲坂が各八分の一・五を自己およびそれぞれの家族縁故者の名義で所有しており、上記増資金も大洞栄治関係が一、三七五、〇〇〇円、川上末男および稲坂理一関係がそれぞれ四一二、五〇〇円を負担したが、右三人が大部分払込んだものであつて、三人は昭和二三年三月二九日右二、二〇〇、〇〇〇円の増資を決意し、増資手続に先立つて増資金を払込んだものであつて、法律上は、右増資手続完了まで右払込金は控訴会社に対する貸金であり、これを増資手続完了までは控訴会社の帳簿に記載せず、右手続完了後記入したため、控訴会社の隠匿利益の疑を受けたが、帳簿整理に遺憾の点があつたとしても、隠匿利益ではない。
前記三人の現実の払込状況は、(一)八〇〇、〇〇〇円の定期預金の中、大洞が五〇〇、〇〇〇円、川上が一五〇、〇〇〇円、稲坂が一五〇、〇〇〇円を昭和二三年三月頃払込に充当、(二)さらに大洞は浪速織物福井工場からの送金、昭和二三年一月一九日二〇〇、〇〇〇円、同月二九日二〇〇、〇〇〇円、同年二月九日一〇〇、〇〇〇円、同年四月二九日四二、〇〇〇円、同年九月一五日一〇〇、〇〇〇円、同月二八日一〇〇、〇〇〇円、同月三〇日一〇〇、〇〇〇円、昭和二四年四月二九日三〇、〇〇〇円、同月一五日七四、〇〇〇円、同年八月五日一五〇、〇〇〇円、以上合計一、〇九六、〇〇〇円中から自己関係の負担分を随時払込金先払として支出、(三)また川上、稲坂は、浪速織物工場からの大洞の入金中、昭和二四年一月一〇日の入金二九四、四七〇円を川上、同日の入金三二〇、〇〇〇円を稲坂が大洞から預つて各自関係の負担分の増資金に充当したものである。
(被控訴人の主張)
一、簿外預金について。
(一) 三和銀行福島支店における浪速織物工場大洞栄治名義の当座預金口座は、昭和一九年五月二四日取引を開始したのであるが、昭和二一年二月金融緊急措置令によつてその預金は封鎖預金となり、取引することが不能となつたので、(同口座は昭和二三年七月二八日解約となつている)その後、昭和二二年三月頃新たに自由預金口座を開設して取引を始めたもので、本件簿外預金は右新口座においてなされたものであり、控訴会社の設立は昭和二一年一〇月一九日であるから、右新預金口座開設の時期は控訴会社設立の後である。
(二) 本件係争事業年度末日現在における右預金残高四六六、六八二円は、二、三の取引の結果生じたものではなく、昭和二三年一〇月一日から昭和二四年九月三〇日まで無慮五七一回の取引回数を算し、その入金額の合計は二五、一五六、四二六円七一銭、出金額の合計は二四、七〇一、三四六円六七銭の多額に上つている。これらの入、出金を調査したところ、取引内容のほとんどは控訴会社の営業取引とみとめられるものであつたのみならず、大洞栄治の個人取引によると認めらるべきものはなかつた。そして、本件更正決定ならびに審査決定の段階において、すでにこの簿外預金が当事者間の争点となつていたので、審査請求の段階において国税協議官がこの部分に関する控訴会社の積極的な申立と解明を慫慂したにもかかわらず、具体的に何等なすところなく、本件の控訴審にいたつてはじめて右取引に関する五項目の主張がなされるにいたつたもので、かような控訴会社の態度を通観すれば、右の経緯自体が、被控訴人の処分内容の正当性を裏付けるものである。
つぎに、控訴人は取引の内容に関し五項目をあげるが、問題は簿外預金残高の性質如何にあるのであるから、右五項目と預金残高との関連が明かにならない以上この点の控訴人の主張は意味がない。
なお、控訴人は取引の回数と金額の多いのは、大洞栄治の手形取引によるものであると主張するが、金融業者ならば格別、年間五七一回という回数と金額二、四〇〇万円を超える巨額なものを営業と無関係な一個人が銀行口座を通じて取引するというが加きは、経験則上とうてい承服しがたい強弁といわねばならない。
さらに、控訴人は、本件簿外預金が個人のものであることの理由として、これと別個の取引が同じ銀行との間に存在することをあげるが、預金口座は唯一つに限らなければならないわけのものではないから、単に数口の預金口座があることをもつて、本件簿外預金が控訴会社のものでないとすることはできない。
二、増資ならびに増資株金払込について。
この点の被控訴人の主張は、要するに、二、二〇〇、〇〇〇円の増資に際して大洞栄治および主だつた株主において右増資払込金相当額を富士信託銀行から借受け、同銀行に右借入金と同額の控訴会社名義の預金口座を設定することにより増資株金の払込を完了し、増資手続完了後大洞栄治等の富士信託銀行に対する借入金を控訴会社が立替払の形式で返済しているのであつて、右返済にかかわる資産を控訴会社の隠匿資産とみとめた、というのである。(そして、このことは、富士信託銀行から増資払込金の借入をした者および借入金返済の形式を除いては、当事者間に争のない事実である。)
しかるに、控訴人は、当審において突如として、本件増資払込につき、そのほとんどが大洞栄治、川上末男および稲坂理一によつてなされたものであると主張するにいたつた。このような主張は、原審はもとより審査請求の段階においても何等主張されなかつたところであつて、控訴人の主張は根拠なく、いたずらに被控訴人の処分を攻撃するものといわなければならない。本件争点の中心は、右富士信託銀行に対して控訴人がした借入金の立替払の資産の源泉が何であるかなのであつて、これが控訴人によつて明かにされない以上、被控訴人が控訴会社の隠匿資産と認定した本件処分が違法となるいわれはない。
(証拠関係)<省略>
理由
一、控訴会社がメリヤス等の繊維製品の下請加工を業とする資本金三、〇〇〇、〇〇〇円の株式会社であること、控訴会社が被控訴人に対し、昭和二四年度(昭和二三年一〇月一日から昭和二四年九月三〇日まで)(以下本件事業年度という)の所得金額につき、純損失金六七、一七四円との確定申告をなしたところ、被控訴人は昭和二六年六月二〇日附をもつて、右確定申告に対し普通所得二、六〇六、六八四円と更正したこと、控訴会社が右更正決定に対し昭和二六年七月一七日大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和二七年六月三日附通知書をもつて控訴会社の右審査請求を棄却したことは、いずれも当事者間に争がない。
二、そこで、本件事業年度における控訴会社の所得額(確定申告分)につき考察する。
1、簿外資産による所得の認定
被控訴人主張の簿外預金が控訴会社または同会社の代表取締役なる大洞栄治個人のいずれの預金であるかの判断が被控訴人主張の簿外貸付金関係の認定に深い関係を有するので、右簿外預金から検討を加える。
(一) 簿外預金について。
浪速織物工場大洞栄治名義の当座預金、口座番号三五三号が三和銀行福島支店に設けられ、本件事業年度期末において金四六六、六八二円の残高を有していたことは、当事者間に争がない。
被控訴人は、右預金をもつて控訴会社の簿外資産と認定すべき事情として、(1) 右預金口座が控訴会社設立後に開設されていること、(2) 本件事業年度における右預金の取引回数、取引額が多大であり、かつ、その取引内容が控訴会社の営業取引と認められること、(3) 大洞栄治個人の資産に計上されていないこと、(4) 審査の段階においても控訴会社が右取引内容につき具体的釈明をなさなかつたこと等を挙げるのに対し、控訴人は、右預金は控訴会社の代表取締役なる大洞栄治の個人預金であると争う。そこで、右預金が控訴会社の簿外資産であるかどうかを考察するに、
(1) 訴外大洞栄治が福井県勝山町で浪速織物工場の商号で絹、人絹織物業を個人経営していた事実は当事者間に争がない。
(2) 成立に争のない乙第七号証、原審および当審における証人中島泰三の証言、原審における控訴会社代表者大洞栄治の供述によれば、大洞栄治は右浪速織物工場をすでに戦時中から経営しており、昭和一九年五月二四日三和銀行福島支店に浪速織物工場大洞栄治名義の当座預金口座(口座番号三二〇号)を開設して当座預金取引をはじめていたが、右口座預金が昭和二一年二月金融緊急措置令により封鎖預金となつたのにともない、大洞栄治は同銀行との間に右預金取引と同一の約定書により同一名義で自由預金による当座預金取引の口座を開設するに至つたが、これが本件係争の当座預金口座であること、右の本件口座が昭和二二年三月一六日以前から開設せられたものであることが認められる。ところで、本件口座がいつ開設せられて、いつから入金があつたかについては、銀行側において昭和二二年三月一六日以前の自由預金帳簿が見当らないというために(乙第七号証参照)、確定した日附をもつて認定することはできないが、右自由預金による本件取引口座の開設せられるに至つた経緯ならびに同口座が従前からの約定書を利用して開設された事実に当座預金取引をする商人の営業上の必要をも合わせ考えると、右自由預金による本件取引口座は、大洞栄治において、従来の口座番号三二〇号の当座預金が封鎖預金となつてから間もない頃、すなわち昭和二一年三月頃に開設されたものと認めるのが相当である。
もつとも、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第四号証の一、二によれば、前記銀行にある浪速織物工場大洞栄治名義の預金元帳に「昭和二二年三月甫」なる記載が存する。しかしながら、前記乙第七号証によれば、右銀行は昭和三一年九月一四日大阪国税局長の照会に対して回答する当時、右大洞栄治名義の昭和二二年三月一六日以前の自由預金帳簿が保管場所に見当らないとしており、この点を右乙第四号証の一、二の記帳と照し合わせて考えると、右銀行が昭和二九年八月一二日、大阪国税局長の照会に対する回答(乙第四号証の二)の基礎としたものは、右名義の昭和二二年三月一七日以後の預金元帳であり、それ以前の時期の右名義の自由預金元帳は、右回答当時においても見当らなかつたことが窺われる。そうすると、右乙第四号証の二の「昭和二二年三月甫」なる記載は、現に銀行に保管されている乙第四号証の二の預金元帳の記帳が昭和二二年三月から起こされていることを示すにとどまり、昭和二二年三月に前記自由預金による本件当座預金の口座が開設されたことを意味するものと解するのは相当でないから、これをもつて右認定を動かす資料となしえない。
ところで、成立に争のない甲第一一号証によると、控訴会社が設立されたのは昭和二一年一〇月一九日であるから、本件当座預金口座は控訴会社の設立前から開設されていたものというべきであり、したがつて、本件口座は、大洞栄治の個人経営にかかる浪速織物工場の関係で、同人の個人勘定とする趣旨のもとに開設されたものといわざるをえない。
(3) 更に、前掲乙第四号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一号証の一ないし一〇ならびに当審(第一回)における控訴会社代表者大洞栄治本人の供述により成立の認められる甲第一九号証によれば、本件事業年度間における右預金取引は、入金が総額二五、一五六、四二六円七一銭、回数約二三一回、出金が総額二四、七〇一、三四六円六七銭、回数約三三九回に達する有様で、その取引回数は極めて多数に上つており、またその入、出金の総額も巨額に及んでいるのであるが、右各書証に原審および当審(第一回)における控訴会社代表者大洞栄治本人の供述、原本の存在ならびに成立に争のない甲第九号証、成立に争のない甲第二〇、二一号証の各一、二、弁論の全趣旨に徴し成立の認められる乙第二号証の一、二、当審証人伝崎正郎の証言により成立の認められる第六号証を総合すると、右預金の取引の頻度、金額を生ずるにいたつた原因として、大洞栄治の個人営業たる浪速織物工場関係の金銭的出入、再建途上の苦難の道を歩んでいた繊維関係の同業者相互間の金員融通、同業者以外の者からの大洞栄治の個人的借金の受入および返済(例えば、訴外大原孝男から昭和二三年一一月一五日頃金一〇〇、〇〇〇円、同年一二月二八日頃金六二〇、〇〇〇円の各融通を受け、前者は同年一二月頃、後者は翌年の一月から三月にかけて返済したことが認められるが、右貸借は大洞栄治個人の借金と認められ、右借受金の入金およびその返済が本件預金口座を通じてなされていることが認められる)、控訴会社への融通あるいは大洞栄治の私用への支出等、その入、出金が極めて複雑多岐にわたつていたことを肯認できないではなく、右取引、ことにその入金関係の源泉が控訴会社の営業取引によるものであることは、これを確認するに足る資料もない。
(4) 前記乙第六号証(記録五三四丁参照)によれば、被控訴人は、原処分庁として、本件当座預金につき、「控訴会社のものか大洞栄治個人のものか、判定不能」としていたのである。それにもかかわらず、「右預金が福井県下の大洞栄治個人経営の浪速織物工場の個人帳簿に記帳なき点」より一躍「控訴会社の除外資産と認定」していることが同号証に照して明かであるが、かかる安易な推論は到底許さるべくもない。
また、前掲乙第六号証によると、大阪国税局における本件審査の段階においても、控訴会社は右預金の出入につき、昭和二六年一一月二六日附で上申書(記録五九九丁より六〇一丁まで)を提出し、同報告書の別紙出入帳(これは証拠として提出されていない)によつて総額二五〇万円の金銭出入関係をのぞき、概括的説明をしたのみで、具体的な解明をしなかつたことが認められ、この点、右預金の性質につき一応の疑惑を生ぜしめないではないけれども、問題の預金取引は右審査当時より約二年ないし三年前のことに属し、その取引回数もおびただしいうえに、右預金取引がすでに昭和二五年六月二九日に解約して(この点は前記乙第七号証により認められる)、徴憑書類も散逸していたことを思うと、控訴会社の代表者大洞栄治が右預金取引の内容を逐一こく明に説明できなかつたにしても、あながちこれを責めるわけにはいかないのであり、右説明不足の点から、右預金をもつて控訴会社の簿外資産と認める資料とするには到底不十分といわねばならない。
(5) 被控訴人主張の所得推計からして、右預金を控訴会社の簿外資産と認めることのできないことは、後記2、に説示するとおりである。
(6) 以上の諸事実に、成立に争のない甲第二三号証、原審および当審証人中島泰三の証言から認められるところの、控訴会社がその設立直後に前記三和銀行福島支店に控訴会社名義の当座預金取引の口座を設定し、昭和二一年一〇月二六日の預入を最初として当座預金取引をしていた事実を参酌総合すれば、本件浪速織物工場大洞栄治名義の当座預金口座は控訴会社の設立前から設けられ、大洞栄治がその個人資産として開設運用していたものであり、控訴会社の設立後にこれを同会社の資産とした事情も認められないから、右預金は終始、その名義どおり、大洞栄治の個人資産であつたものと認めるのが相当である。
(二) 簿外貸付金および未収利息について。
控訴会社が昭和二四年三月二四日資本金八〇〇、〇〇〇円から金三、〇〇〇、〇〇〇円に増資をなし、帳簿上は定期預金八〇〇、〇〇〇円、支払手形金五〇〇、〇〇〇円、機械金七三九、〇〇〇円、車輛運搬具金二五、〇〇〇円、什器金一二五、〇〇〇円の資産をもつて右増資払込金二、二〇〇、〇〇〇円に振替処理したことは当事者間に争がない。そして、原本の存在ならびに成立に争のない甲第九号証に原審証人伝崎正郎の証言によると、控訴会社は右増資に際し、大洞栄治および同会社の主だつた株主等が富士信託銀行株式会社より増資払込金相当額の金二、二〇〇、〇〇〇円を借受け、同銀行に右借受金と同額の控訴会社名義の預金口座を設定することにより増資株金の払込を完了し、増資手続終了後右預金より前記大洞栄治等の富士信託銀行に対する借入金を控訴会社が立替払の形式で返済したことが認められ、(ただし、富士信託銀行より増資払込金の借入をした者および右借入金返済の形式の点を除くその他の事実は当事者間に争がない)右認定に反する証拠はない。
そこで、被控訴人の主張は、要するに前記控訴会社のいわゆる「見せ金増資」は、同会社の隠匿資産をもつて増資に充てるための操作とみるほかはないから、右増資に伴つて簿外貸付金二、二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する相当の未収利息が簿外資産として計上さるべきであるというのである。そして、被控訴人主張の右簿外貸付金なるものは、控訴会社が前記増資払込金に振替え処理した資産の源泉が隠匿利益であることを前提とした場合の会計上の勘定形式としてあらわれるものに外ならないから、本件の争点は、結局右増資振替資産の源泉が何かにある。控訴会社は、右資産の源泉につき、控訴会社の主だつた株主たる大洞栄治、川上末男、稲坂理一の三名が右増資に先立ち現実に増資金を払込み、これを資金として賄われたものであると主張するので、考察する。
(1) 当審における証人川上末男の証言、原審および当審における同稲坂理一の証言、控訴会社代表者大洞栄治(当審は第一、二回)の供述、前掲甲第九、一一、一九号証、乙第一号証の一ないし一〇、乙第六号証、成立に争のない甲第一三号証の一、二、甲第二〇ないし二二号証の各一、二に前記(一)認定の事実を総合すると、
イ、控訴会社は、大洞栄治を中心として、川上末男、稲坂理一がこれに加わり、これら三人が主となつて設立されたもので、大洞栄治およびその縁故関係者が全株式の八分の五、川上および稲坂がその各縁故関係者とあわせて、それぞれ全株式の八分の一、五を所有し、前記二、二〇〇、〇〇〇円の増資も右比率に従つたこと、
ロ、三和銀行福島支店に対し、大洞栄治は昭和二二年一二月二四日以降金五〇〇、〇〇〇円、稲坂理一は昭和二三年二月三日以降金一五〇、〇〇〇円、川上末男は昭和二四年二月七日以降一五〇、〇〇〇円の各無記名定期預金債権を有していたが、これらの個人定期預金が控訴会社に提供されて、本件増資金に振替処理された控訴会社の定期預金八〇〇、〇〇〇円の源泉をなしていること、
ハ、大洞栄治は、昭和二四年三月一一日、その個人資産である前記認定の浪速織物工場大洞栄治名義の当座預金より金五〇〇、〇〇〇円を引出し、控訴会社の支払手形八〇〇、〇〇〇円の内金五〇〇、〇〇〇円の支払に充て、これが前記振替処理にかかる控訴会社の支払手形五〇〇、〇〇〇円の源泉をなしていることが認められるほか、
ニ、本件増資金に振替処理された機械は、昭和二三年一〇月一五日頃より昭和二四年七月二七日頃までの間に約一四回にわたつて購入された裁縫機一四台であつて、同振替処理にかかる什器備品、車輛運搬具とともに、控訴会社に備えつけられておるもので、それらの帳簿価額も概ね相当であるところ、これらの資産は、控訴会社が昭和二十三、四年に設備拡充に意をそそいでいた当時、大洞栄治が前記個人名義の当座預金等より支出して購入したものであり(例えば、昭和二四年一月一〇日頃亀甲ミシン店より購入した裁縫機の代金二二〇、〇〇〇円が大洞栄治の右当座預金をもつて支払われたことは、前記乙第四号証の二、甲第一九号証に徴し明かである)、これらの資金需要に対し、前記川上末男および稲坂理一は、随時応分の金銭的援助をしていたことが窺われるから、これらの資産取得の源泉は、右大洞等の資金的援助によること
が認められないではない。
(2) そして、成立に争のない甲第一号証、前掲甲第九号証によれば、中小企業においては増資のため一時に巨額の資本の調達が困難のため、増資に先立つ一定期間に将来の増資株払込金に引当てる趣旨で逐次新株主より借入金形式で融資をうけ右融資金が増資額に達した際増資手続を完了する方法が巷間行われていることが認められるのであつて、前記(1)認定増資金に振替処理された資産取得の源泉を合わせ考えると、中小企業に属する控訴会社も右方法に準じて増資をなしたものであつて、右資産取得の源泉たる前記大洞栄治等の金銭的援助は、法律上は控訴会社の借入金として処理されるべきものであり、したがつて、本件増資をめぐつて被控訴人主張のような簿外貸付金を認定することはできない。
(3) もつとも、かかる方法で増資手続をなす場合には、増資手続完了前においては、右払込金引当に受領した金員は控訴会社の借入金として取扱うべき筋合であるにかかわらず、控訴会社には右借入金を記帳した帳簿のないことは、控訴人の明かに争わないところであり、前掲乙第六号証によれば、前記増資払込金に振替処理した財産のうち機械については、帳簿上右振替処理をした期日の約四カ月後に購入したもの一台を含んでいることが認められ、これらの点において、会計処理の杜撰を非難されるのは致し方ないが、しかし、それだからといつて、本件増資金に振替処理された前記資産取得の源泉が大洞栄治等の株主から出ていることを否定し去ることはできないのであつて、被控訴人主張のように、本件増資を隠匿利益を増資に充てる操作と推断し前記振替処理にかかる資産を控訴会社の簿外資産と認定するのは、早計というべきである。被控訴人の右主張を肯認しうるためには、更に、本件事業年度において控訴会社が右増資額に見合う利益を挙げた事実を被控訴人において積極的に立証する必要があるといわねばならないから、結局被控訴人の主張の当否は、被控訴人主張の生産高による所得推計が肯定されるか否をみなければ決し難いというべきである。
2、生産高による所得の推定について
被控訴人は、控訴会社の従業員の稼働能力または電力使用量を基礎としてその生産高を推計する方法によつて、控訴会社の簿外の純益を算出すると、両者の推計の結果は近似し、しかも、いずれの場合においても簿外売上高は金二五、〇〇〇、〇〇〇円余となり、これに標準利益率二〇パーセントを適用すると、純益は五、〇〇〇、〇〇〇円を下らないので、これを下廻つた被控訴人の更正決定は違法でないと主張する。原審ならびに当審における証人伝崎正郎の証言ならびに同証言(当審)により真正に成立したと認められる乙第六号証を総合すると、控訴会社において当時常時稼働していたミシン台数は一三台で、従業員は一日平均四三人が稼働していたこと、本件事業年度の従業員の稼働延日数が、夏物生産期間(昭和二四年一月一日から七月末日まで)で八、一四六日半、冬物生産期間(昭和二三年一〇月一日から一二月末日まで、および昭和二四年八月一日から同年九月末日まで)で三、七〇一日半合計一一、八六六日であること、本件事業年度内の電力使用量が一九、七〇一キロワツトであることが、それぞれ認められる。
しかしながら、前掲乙第六号証に当審証人伝崎正郎、同河井義六の各証言を総合すると、前記推定計算の基礎となる被控訴人主張の従業員一人当りの一日平均の生産高は、控訴会社と同業者の訴外中川メリヤス工業株式会社海老江工場および東海メリヤス株式会社において探聞した右各会社の生産高であり、また、電力一キロワツト当りの平均生産高も右中川メリヤス株式会社海老江工場において探聞した同会社の生産高であることが認められるにすぎず、右訴外の各会社と控訴会社とが、その経営規模、生産設備、生産能力等においてほぼ同一であつて、前者における前記各単位生産高をもつて後者のそれを推認することが一応合理的とすべき資料は分明でない。しかのみならず、前掲乙第六号証、前掲証人河井義六の証言によると、被控訴人主張の前記平均販売価格算出の基礎資料は、前記中川メリヤス株式会社海老江工場長河井義六の口述によつたにすぎず、メリヤス製品の価格は規格も区々で各製造業者により販売価格が異つていることが同証言によつても明かであるから、右平均販売価格は極めて不正確なものといわざるをえないし、更に、被控訴人主張の標準利益率にいたつては、右係数が如何なる調査方法によつて導出されたか、いいかえれば、それが信頼すべき科学的、統計的な基礎に立つているべき点につき何等の立証もないのである。したがつて、被控訴人の前記所得推計はその主張のごとき控訴会社の所得を推定するに足る合理性を欠くものというべきであつて、右所得推計は採用し難い。
また、被控訴人は、前記簿外預金の年間の入金高から控訴会社の簿外売上高を推認できると主張しているが、叙上認定の如く右預金は控訴会社のものではないから、右主張も採用の余地がない。
三、以上、判断したところによれば、本件事業年度において、控訴会社に被控訴人主張の所得のあつたことは、結局これを認めるに足る証拠なきことに帰する。しからば、被控訴人が昭和二六年六月二〇日控訴人に対してなした控訴人の本件事業年度における普通所得を金二、六〇六、六八四円と更正した処分は全部違法といわねばならず、その取消を求める控訴人の本訴請求は全部理由がある。
よつて、控訴人の請求の一部を棄却した原判決は失当であり、したがつて控訴は理由があり、附帯控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。そこで、原判決中控訴人敗訴の部分(ただし中間更正決定に関する部分をのぞく)を取消し、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のように判決する。
(裁判官 沢栄三 木下忠良 斎藤平伍)